研究成果
3.論文解説
肥満を含む循環器リスクファクターの重積と脳卒中のリスク
本論文を執筆した大橋靖雄先生(東京大学)よりコメント ・・・
メタボ健診が鳴り物入りで始まった時、大丈夫かな、と正直思いました。やせた糖尿病や高血圧患者の脳卒中リスクが高いことは循環器疫学の専門家の中では常識だからです。この研究は、「常識」をコホート研究で確認したものです。複数の研究成果を踏まえ特定健診の制度も見直されましたが、多額の費用と人的資源を要する予防システムの構築には充分なエビデンスが必要であることが示されたことになります。
はじめに
 平成20年4月より40歳以上の医療保険加入者を対象とした健康診査(特定健康診査 以下特定健診)および保健指導(特定保健指導)が開始されました。特定健診は、腹囲周囲径測定を行い内臓脂肪型肥満のチェックに重点をおいた健診となっており、もし腹囲が基準以下の場合には脂質異常、高血圧、高血糖がある方であっても保健指導が行われません。内臓脂肪型の肥満、脂質異常、高血圧、高血糖を複数併せ持った疾患であるメタボリックシンドロームは、循環器疾患のリスクを高くすることが知られていますが、肥満を伴わないが脂質異常、高血圧、高血糖を複数併せ持つ方においても、同様に循環器疾患発症のリスクが高いと報告されています。そこで本研究では、JALSの0次統合研究のデータを用いて、肥満の有無別にメタボリックシンドロームを構成するリスク因子と脳卒中発症の関連を検討してみました。
肥満
 JALSの0次統合研究の対象者の大部分は、1980年代に健診を受けられた方です。当時の健診では腹囲周囲径の測定は必須ではありませんでしたので、この研究では肥満の指標としてBMIを用いています。

BMIとはBody Mass Indexの略で、
BMI=体重 (kg)÷身長 (m)2
で計算される肥満度を表す指数です。日本肥満学会(2000年)は、 BMIが22を標準(普通体重:18.5以上25.0未満)、25以上を肥満と定義しており、本研究でもBMI 25以上の方を肥満としました。
肥満度の判定基準
方法
 本研究で行う検討に必要な項目が調査されていた10コホートのうち、年齢が40歳から89歳の19,173人のデータを用いました(平均年齢53.7歳、44.7%の方が女性)。肥満の人(肥満群)と肥満でない人(非肥満群)に分けて、肥満以外のリスク因子の脂質異常、高血圧、高血糖のうち何項目保有しているかで0個のグループ、1個のグループ、2-3個のグループに分けました。例えば、高血圧だけの人は1つのグループ、高血糖だけの人も1つのグループ、脂質異常と高血糖の2つ保有している人は2つのグループ、・・・、全部保有していれば3つのグループ、というように分類を行いました。そして、このグループ毎に、リスク比と人口寄与割合(この用語の説明は後述します)を計算しました。
結果
 非肥満群(BMI<25kg/m2)は14,644人(76%)に対して、肥満群(BMI≧25kg/m2)は4,559人(24%)でした。

 非肥満群の中で肥満以外のリスク因子を1つ以上もつ人は6,055+2,649=8,704人で、全体の46%を占めていました。しかし、これらの対象者は肥満を伴わないため、例え脳卒中リスクが高かったとしても、現在の特定健康診査および特定保健指導の制度において保健指導の対象とはなりません。
リスク比と寄与割合は性、年齢、総コレステロール、喫煙有無、飲酒有無で調整したポアソン回帰により推定
肥満:BMI≧25kg/m2で定義

 脳卒中発症に関するリスク比の欄を見てみます。肥満(BMI<25kg/m2、BMI≧25kg/m2)で定義した肥満の有無に関わらず、リスク因子を1個保有する群からリスクが上昇し、リスク因子の保有数が多くなるほど、脳卒中の発症リスクが上昇していることがわかります。例えば、全脳卒中の発症については、肥満がなくリスクを1つも所有していない人を基準として、非肥満群でも、リスク因子が1つあれば発症リスクは2.30倍、2つまたは3つであれば3.41倍になっていることがわかります。同様に肥満群においても肥満以外のリスクが1つ以下であれば2.25倍、2つ以上なら2.91倍になっています。表には脳梗塞の場合、出血性脳卒中(脳出血)の場合の結果も合わせて載せてあります。

 では、特定健診で見過ごされる非肥満群において、肥満以外のリスクを1つ持つことでどの程度脳卒中が増えてしまうのでしょうか?これはリスク比を見ただけではわかりません。例えば、患者が1人の病気であれば、リスクを10倍にしても患者数は10人になり、リスクがないときに比べて9人しか増えません。しかし、もともと患者が1,000人であれば、リスクが1.1倍でも患者数は1,100人になり、リスクがない時に比べて100人増えてしまいます。このどの程度脳卒中の人が増えてしまうのか?をみるのが人口寄与割合です。人口寄与割合はPd × (RR − 1)/RRを用いて算出します(RRはリスク比、Pdは全発症者に対する発症者割合)。ここから何が分かるか、全脳卒中を例として説明します。


 図中の棒グラフの面積の和が、脳卒中発症者374人を表しています。上の図のの部分の面積(全体の22.1% = 146/374* (2.3-1)/2.3)は、非肥満群(BMI<25kg/m2)でリスク因子を1つ持っている人達で過剰に脳卒中が起きている割合を示しています。すなわち、非肥満群でもリスク因子を1つ持つことによって、リスクを1つもない人達に比べて22.1%過剰に脳卒中が発症していることになります。逆に、肥満群(BMI≧25kg/m2)でリスク因子が2または3個ある人達で過剰に発症した脳卒中は7.5%になります(の部分)。これらを人口寄与割合と言います。 もともと肥満群(BMI≧25kg/m2)は4,559人と少ないの対し、非肥満群(BMI<25kg/m2)でリスク因子が1つ以上の方は8,704人も存在しています。このため、肥満群では95人(=52+43) に脳卒中が発症したのに対して、非肥満群でリスク因子1つ以上の方では236人(=146+90))発生していました。発症した脳卒中数でみると非肥満群の人達の中から多く発生したことが分かります。

 人口寄与割合すなわち上の図において、の面積、の面積、の面積、の面積を比較することで、どのグループに過剰な脳卒中の発生が多いかがわかります。本研究の結果が示すように、欧米諸国に比べて日本人においては、の面積及びの面積が大きいことから、生活習慣介入(保健指導)を行う場合は、非肥満群でリスク因子のある方(保健指導の対象とならない方)への介入が脳卒中発症数を減らす上で効果が大きいことがわかります。このように人口寄与割合という指標は、限られた資源(人や予算)の中で、予防活動(制度・政策)の優先順位を決める上で参考になる指標といえます。

 脳卒中発症者374人のうち肥満でない方(非肥満群)は279人(75%)、そのうち236人(脳卒中発症者全体の63%)が肥満以外のリスクを1つ以上持っていました。非肥満群でリスク因子が1つの方はどのリスク因子を持っているかをみてみますと、71%の方が高血圧でした。非肥満群でリスク因子が2つまたは3つの方の95.5%が高血圧を持っていました。肥満でないが血圧が高い方において脳卒中発症が非常に多いことがわかります。
結論
 肥満を前提とするメタボリックシンドローム対策では、肥満のない方は特定保健指導の対象に含まれません。しかしこの特定保健指導の対象に含まれない方の中に脳卒中リスクの高い方が非常に多いことがわかります。これら高リスクの方に対しても、政策的な対応が望まれます。本研究では、メタボリックシンドロームの診断基準に一般に用いられている腹囲周囲径の測定データがないため、肥満の定義としてBMIを用いていますが、結論は変わらないと考えています。

大橋靖雄、島本和明、佐藤眞一、磯博康、喜多義邦、北村明彦、斉藤功、清原裕、河野宏明、中川秀昭、豊嶋英明、安藤高志、田栗正隆、原田亜紀子、上島弘嗣、日本動脈硬化縦断研究(JALS)グループ.肥満を含む循環器リスクファクターの重積と脳卒中発症リスクの検討 - 日本動脈硬化縦断研究(JALS)0次統合研究 - .日本公衛誌.2011;58:1007-15